東京とんかつ会議 第63回 久が原「自然坊」ロースカツ定食(2700円 昼は2500円)
【肉3 衣2 油3 キャベツ3 ソース2 御飯3 新香3 味噌汁3 特記カキフライ 計23点】
初めて降りる駅である。恥ずかしながら、(クガハラ)を(ヒサガハラ)と信じ切っていたほど、なじみのない駅だった。駅から7分ほど歩く閑静な住宅街に、店はぽつねんとある。駅から離れた住宅街にあるとんかつ屋という点では、成城学園「椿」と似たロケーションで、地元客に深く愛されて営んできたとんかつ屋なのだろう。
土曜の昼過ぎに出かけたが、そのことを物語るように老夫婦が二組いて、とんかつの前に酒を交わし、白子酢やナス焼きを肴にして有意義な時間を過ごしておられた。
座るとおしぼりが出されるが、そのおしぼりがいい。生地が厚く、肌触りがよく、ほどよく温かく、匂いがない。もうこれだけでこの店が、いかにお客さんを迎える心が整っているかがわかる。心地よい食事のスタートである。
奥の厨房にてご主人が揚げるロースカツは、断面がしっとりと肉汁で輝き、食欲をそそる。肉を噛めば、きめ細かくしなやかで、歯に吸い付くような食感がある。群馬県産のやまと豚を使われているとのことだが、品のある甘さを生かした揚げである。適度に掃除された脂も、歯触りがしっかりとしていながら、噛めばするりと溶けていく。
衣は中粗でサクサクと香ばしく、この豚肉とのバランスもいい。ただし揚げすぎなためか、一部だけ衣がはがれるところがあって、2とした。ラードほどのコクはないものの、綿実油で揚げられた衣の油キレはよく、皿に置かれている面も湿気ていない。十二分な幸せを運ぶとんかつである。
自家製ソースは香りよい。しかしこの品あるカツには、少し味わいが濃すぎる感があり、そのままか塩でも、十分にご飯を呼ぶ力がある。キャベツはみずみずしく、甘い。大根、胡瓜、小ナスの糠漬け、さくらんぼ漬けのお新香陣も丁寧な味わいで、甘く香るごはん、香り高い、なめこと三つ葉の赤だしとともに、誠実さに満ちた、胸が晴れやかになるとんかつ定食である。
カキフライは一個550円と高価だが、大ぶりなカキのフライは、衣の中に海のエキスをたっぷりとたたえながら、口の中に転がり込んでくる。ぜひ試されたい。
デザートにアイスクリームがつくが、それを「くずきり」にかえてもらった。黒蜜の按配、くずきりの清涼ともにすばらしく、隅々まで行き届いた仕事の的確さが光っていた。
なじみのない土地ながらも、いい店に出会うと現金なもので、親しみがわく。駅に向かいながら、「よし今度は友人を連れて来よう」と、自分に誓った。